水槽の部屋

今週の日記です

 

さかのぼります

 

 

7/27

春から放っておいていた髪の毛を切りました。‬
‪本当は堀越千史ちゃんみたいな髪型になりたいのに、美容師さんに「うわこいつ可愛い子の写真持ってきやがった」って思われるのを恐れすぎて、そして口下手な結果、とっても短くなるのは何回目か分からないです。‬
‪ともあれシャンプーがとっても楽だし、軽いし、おでこもさわさわして気持ちがいいです。‬

 

 リュックに今日の服のもようとおそろいのてんとう虫がとまった。なかよしだね〜。

 

 

 

 

7/26

朝起きて外に出たら、夏休みの匂いがしました。

夏の匂いじゃなくて、夏休みの匂い。

公民館前でのラジオ体操、寝ぐせを直さずに走る6時25分、朝はピアノのある部屋が涼しいこと、寝転んだ畳の匂い、水で滲んだプールカード、長かった髪の毛を切った仲良しの友達、今はもうなくなった遊園地のシャーベットのまあるいレバー、必ずお菓子を買いに寄る商店、毎日同じ具のおばあちゃんのみそ汁、ケヤキの木陰、水遊びしたあとだけのぬるいお風呂とワンピース、近所のおばあさんとこしかけて夕涼みをする土管の上、お母さんと夜の散歩、

をぜんぶ丁寧に引き出しにしまって、今日は靴を洗い外に並べ、布団とシーツを干して、お風呂の掃除をした。クリーニング屋さんにも行った。

今夜はふかふかの布団で眠れるのだ、とっても素晴らしい気持ちです。

 

ここで住むようになって2年半、20歳になって早くも半年たちようやく、生活するとはどういうことなのか、体感でなんとなく今さら分かってきました。家族と住もうがだれと暮らそうがひとりで過ごそうが、変わらないよね。

 

 

 

 

7/25

夕焼けがきれいでした。

燃えるみたいだった、岩手山が赤富士みたいだった。

わたしは生まれも育ちも日本海沿岸地域で、夕陽は海に沈むのが当たり前で、それがいちばん美しいと思ってる、今もだけれど、

それでも、海に沈む夕陽じゃなくてもこんなに真っ赤になることがあるし、夕焼けは夕焼けだなあと思ったのでした。知らなかった。住んでみないとわかりません。

 

次に住む家は海の見える部屋がいいなあといつも思っているけれど、たとえば盛岡であっても海が見えるのならありかもしれない。どうかな。盛岡市内で海の見える部屋だといったい何階建てに住めばいいのでしょう。あほだな。

 

 

 

 

1987→→→→

 

まだウォークマンもイヤホンも持ってなかった12歳、親の車にあったスピッツの三日月ロックを持ち出して真夜中、CDプレイヤーを抱いて、二段ベッドの上の段の姉を起こさないように、暑いのに布団をかぶって、ちいさなちいさな音でずっと聴いていた夏、わたしの醒めない瞬間だったと思う。

 

スピッツ結成30周年おめでとうございます、メンバー変更も活動休止もなくずっと続いてきたこと、素晴らしい音楽を鳴らし続けてくれたこと、これからもずっとずっと続くように願っています。

最近のこと

最近は、"嬉しい事も悲しい事むかつく事も、全て並列の感情として楽しんで欲しい"、という一文をなんども思い出している。そしてそれはなんて自分勝手なことだと考えながら、今日もぼろぼろ泣くほど悲しいし、虚しいし悔しいし、それでも好きな人と話すことができれば嬉しいなあと思う。おそらくそれっぽく言えば、「仕方が無い」のだ。仕方が無い。

 

 

 

今までで初めて、口に出すのがこんなにもはばかられることがあるんだなと思った、

日曜日に自宅で倒れた大好きな灯台の町のおじいちゃんの、体調が急変して秋田に急いで帰った、のが月曜日。人にそれを説明しなきゃなんない時に、言葉にしたり、それをすると本当になるような、言霊ということを考えたりしてすごくすごく嫌だった。

でも、大丈夫だと思って帰った、大丈夫だから帰る、ただおじいちゃんに会いたくなったから会いに帰るだけ、と思うけど、新幹線の待合室でいくら唇を噛んでもどんどん涙が出たし、音楽も聴けないくらい2時間半不安で、いろいろなことを考えることすら不謹慎だと思った。わかんなかった。

 

おじいちゃんは24時間、集中治療室で人工透析を受けていた、話しかけると苦しそうだけどたまに答えてくれた。何を言ってるのかあんまりわからなかった。

おじいちゃんは、わたしやお姉ちゃんが帰ろうとすると、すごい力で起き上がろうとして、看護師が止めても起き上がろうとして、わたしはなんだか直視できなくて今まででいちばん泣きたくなってトイレに逃げ込んだ。泣いたらだめだと思った。

後から聞いたら、孫にお小遣いをあげなきゃいけないって、人工透析してるんだから起き上がっちゃいけないのに、ここにおじいちゃんのお財布なんか無いのに、お小遣いあげなきゃいけないってあそこまで、すごい力で起き上がろうとしてたみたいで、ほんとに馬鹿だおじいちゃん、通常運転じゃんか。期末試験終わったら、すっ飛んで帰るからそしたらいつもの「がんばり玉」ちょうだいって言うよ。元気になってよ。

 

5月ぶりに実家に帰った。横手のお姉ちゃんも仙台のお姉ちゃんも帰ってきて一晩だけ家族みんな揃った。実家のほうの祖父母は元気そうだった。わたしはなんだかいつもよりもふざけて明るく振舞ってしまって、わざとじゃないけど始終冗談ばっかり言ってふざけていた。自分で自分のことがめちゃめちゃに嫌になって疲れた。しんどい。

 

毎年夏になると体調崩しているのも知っていたし、食が細くなっているのもわたしが離れて暮らすようになった頃、2年前くらいから目に見えて弱ってきているのも知っていたけれど、こうして目の当たりにするとすごくしんどいなあと思った。会えなくなりたくない。

こんなんなら盛岡になんか居たくない、おじいちゃんが元気になるまでずっとずっと秋田にいる。今すぐこのアパートも全部捨てて出て行きたい。ひとりでここにいてもぼろぼろになるし、不安だし、どうしようばっかり考えている、どうしたらいいかなあ。どうしようもないなあ。しんどいなあ。

 

 

こんな事を書いても仕方がないな。

 

 

 

馬鹿みたいに暑いし、外にはもう出たくない。

最近は、なんだかまわりの人が全員嫌いになりそう、夏だからか。関係ないか。もとからか。

思いやりが足りないと思うよ。友達も恋人も、家族さえ皆自分とは違う人間で、他人だろ、何かを相手に対して思うことは結構、むしろ健全だけど、それを押しつけるのは違うし、人の前に立つ人間なら尚更、それを人がどう捉えるか考えながら言うべきだろ、と思うのです。抽象的です。

つまり具体的に言うと、この世の中!!!!!!!!!!!!って感じです。

こりゃぜんぶぜんぶぶっ壊したくもなるわ、もうだめだ。見たこともないくらい醜くて汚い怪獣になってやる。どんな感情も楽しめるか、そこまで俯瞰的にはまだなれないなあ。ぐちゃぐちゃな感情も、でもしっかり自分のものだとは思うけれど、頭の中ばっかり屁理屈ばっかりで、もう少しなんとかならなかったのかこの性格。大好きな夏、もう終わってくれ。

ウキウキ雨季

 

 

梅雨らしくなってきました。ぜんぜんウキウキじゃない。

 

 

 

 

 

353号線のうた

 

雨が降ったり降らなかったと思ったらやっぱり降ったり、急に日が照ったり、夏雲は夕立のまえぶれだったり、かさをたくさん失くしてしまったりする6月、体感よりも過ぎる時間の早さで勢いよく夏に引き寄せられているみたいです。

 

じぶんの外側でくるくる回るものをずっと眺めてるみたいな毎日で、まあそれも決して悪くはないのだけれど、でもなにを言ってももう負けだと思った感覚からも抜け出せずに春はとっくに終わっていた。

 

最近はといえば、毎日アパートに風呂のためと寝るために帰るような生活をしていたら、当たり前ですが胃が弱くなりました。あほだ、、、。

 

6月は、夏至と、帰り道の雨と、晴れた日の木の影が好きです。好きだったものが好きでなくなってしまうのが怖いのでいちいち好きだと確認する必要がある、なんて、これまたあほみたいな話、です。とほほ。

 

大学に入学してすぐの頃の知り合いに変わったなって言われることが最近よくあるけれど(どういう意味かはさておき)、変わったのでなくて変えていったのだ、変える必要があったと思う。前よりもまた根暗になったけれど、少しだけでも優しくもなれたんではないでしょうか、どうでしょうか。

もうしょうもないことばっかりだぜ。だぜだぜ。

 

海に行きたいなあ。連れ出してほしいなあ。