カレンダーをめくったら

 

今のわたしは、祈りが呪いに変わらないか、悲しみが怒りに変わらないか、強さはだれかを攻撃をしてしまわないか、無関心は人を殺さないかがいつも怖い。

 

わたしは誰かのために生きたい、君のため、誰か不特定多数の君のために生きたい、それはあの子でもあるしあの人でもあるしもういないあの人だったり、あいつだったり、もうきっと関わることのない名前も忘れた人だったりする。もちろん家族や好きな人や友達やみんなだね。それが自分の生き方のためになると思っているからかもしれない。

 

22歳になった。やっぱり春からこの町を出ることになった。18歳のとき秋田を出る日も思った、今までなんとなくやんわりと会って話したり遊んだりしていた人とはこれからきっと、なんとなくやんわりと会えなくなっていくんだろうなあ。少しずつ。夢の中の話みたいだ、全部覚えていられるわけもないもんね。なんだかさみしい。でも宝物は増えていくから、大事な脳の作業みたいなものかもしれない。そしたら寝なきゃな。

 

新しい家は今よりも広くて日当たりがいいんだ、それが楽しみです。がんばります。

インディゴ・ブルー

 

 早朝、じんじん冷える手にフーフー息を吹きかけながら、雪の中をザクザクどこまでもどこまでも歩いているつもりでいた。ふっと視界がひらけた時に真っ白な雪の上でころころ転がる子どもたちに差す、あまりにも賑やかで眩しい光に、息が止まりそうだった。

 

 

 大寒も過ぎた。今は1年で1番寒い時期で、それでもこの時期を愛せてしまうのはやっぱり1番寒いからだ。1番寒いということはまたこれを機に冬が緩んでいくということで、巡りのことを考えて心までまっさらで眩しい白になりそうだ。

 こんな冬の晴れの朝は特別だ。この日以外は成し得ない、みたいな強さがある。

 

 

 わたしはやっぱりどの季節も好きだ。巡るから。季節はもちろん、わたしだって雪の中を転げまわった日があるし、あの子たちだっていつか同じ思いをするかもしれない。今だって雪の中や原っぱで転がり遊ぶことができるしかなり楽しいけれど、また違うことだよね、それは。

 

 

 

 晴れた11月の新潟の海、電車でうとうと寝ながら見ていたなとかそういうことを思い出したら、また1人でどこでも行ける気持ちになった。でもその話を聞いてくれる人たちがいるおかげで、わたしは今日が晴れてるだけで嬉しくて、生きていくためには周りにいてくれる太陽みたいないつもの人たちが必要だ。なんだかとってもありがたい。

 

 

 わたしは自分勝手に生きていて、周りの人がくれるやさしさとか気遣いとかも、くれるもんは遠慮せず全部もらう。そういうものだと思ってる。それでもいつでも自分勝手に生きてること忘れちゃいけないとも思ってる。いつもごめんねと思うけど、ありがとうは忘れず伝えたいです。ほんとうに。

 

 

 嬉しくても怒っても、なんともなくてもすぐにすぐに泣いてしまうけれど、毎日自分の巡りのためのスイッチをいつでも探して歩いている。すぐ上空を飛ぶ白鳥とか、濃い青の空とか、小さい子どもの笑い声とか、近所の人へのこんにちはとか、全部祈りだ。まだ言ってるね、わたし。

明日から2月です。もうすぐ22歳になる。

Life is Party

 

せっかくだからとかいう言葉があんまり好きじゃない。イベント事とかもなんかこう、上手に乗り切れない。乗りたいわけでも反抗的にいたいわけでもないのだけれども。

 

最近まで気づかなかったけれど、わたしは自分の機嫌に対してかなり頑固だ。他はわりとどうでもよかったりするけれど、自分の機嫌を絶対に自分でコントロールしたい、他人に干渉されたくない。ご機嫌とりはとてもくだらないことだけど、さらに他人にご機嫌をとられることほどくだらないことは世の中にはない。他人の感情をうわべだけで無理やり変えようとする人、変えられると思っている人が世の中には少なからずいるのね。そういう人は嫌い。話が通じないもの。話をしていても無駄なことだ。

 

ただ、それに気づかないくらい今まで育ってきたなかで自分の感情を自由にさせてくれる人たちに恵まれてきたんだなと思ってかなり嬉しくなった。幸せものです。

 

そういう性分なのでイベント事に乗じて他人に思いを伝えるとかそういうことができない。ただ楽しいことやパーティーはかなり大好き、イベントとか言わず毎日やれ、と思う。

 

だから、きっと、やりたいことはすぐやって、思ったことはその時にすぐ伝えたらいいのだ。なかなかできない。来年はとか言わず今この時からがんばりたい。毎日がパーティーで毎日がバースデーで、毎日がわたしのための日で毎日が大好きな人たちのための日だといい。毎日がふつうのかなりいい日になることをわたしは祈りたい。こうしてる間にも朝はまだ暗くなる、でも夕方は長くなる、寒さはますけど巡る。がんばりましょう。

ごあいさつ

楽しいことはあるけど不確かで信用できないし、わたしが好きな人たちはわたしがいなくても笑って生きていけるし、自分がつくり出せる夢とか幸せとかは本当に少ないことを思うと、なんでわたしはにこにこしてんのか分からないと思ってしまってめちゃくちゃ泣いてしまうわ、どうやって生きていたか思い出せないんだけどそういえばずっとずっと同じ気持ちだった気もするよ。難しくないのにいつも難しくしてしまって、臆病でたまらないのでごちゃごちゃの部屋から一歩も出られないのだ、たいへん困る。傷つかないようにとか、あまり幸せになりたくないとか思いながら、なるべく気持ちを平たく平たく伸ばして生きてきたせいで意味が分からなくなってしまった。かなしさを忘れることとか苦しかった頃の自分と握ってた手を離すことが申し訳なくて罪悪感でいっぱいになってしまって耐えられない。とんだメンヘラだ。

ピアノだけは好きになってこれからを生きたいので、意地でもやらなくちゃ。ピアノが嫌いだ!と思ってしまってそれが本当に本当に悲しくて、我慢できなくて泣きながら歩いて帰った冬が報われる方法がこれしかない。このままじゃあ、いちからまたピアノを好きになればいいよって小さくてかわいいピアノを買ってくれたあの人に合わせる顔もない。その時は全然、全然そうじゃないよ、馬鹿にしてるでしょうって思ったんだけど、本当に笑えてきてしまっていつのまにかお守りになってしまっているよ、こんな大きなお守りなんかあったらたまんないよ。

今年の秋はよく晴れていた秋だった、なんだかずっと晴れてたと思う。だんだん雨の日が増えてきてもうそろそろ今年も冬が来てしまう。冬も好きだなあ。願いと祈りは続いてくのだ、たぶん。

ちぐはぐな部品

スピッツは、暗い部屋の中から見る夏の日なたとか、埃が舞ってる窓とか、早く起きすぎた朝の畳の匂いって感じ、いつでもそこにいるんだけどすごくよそよそしいんだよな、ということを考えていた。わたしの生活にだけすっかりすっぽり染み込んでしまっているので感情が介さない。スピッツはわたしにとって世界にただひとつ、いつでも側にあるひんやりしたものだ。

 

 

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こんなに天気のいい日だけど家でひとりゆっくりだらだらレコード回したり本をめくったり花を飾ったりしている。4年間で集めたCDやなんやかんやを整理してたら結構まあまあな量にはなっていて、これ来年の引っ越しめんどくさいな〜なんて思っている。

それにしてもとっても贅沢な日曜日だ。でもこれ、わたし晴れた日しかこういうことできなくて、洗濯とかも、だから雨が続くと上手に生活ができなくなってしまう。

 

 

できればからりと晴れたあたたかい秋が永遠に続いてほしいものです。そんで鈍行で田んぼとか眺めたり。