Life is Party

 

せっかくだからとかいう言葉があんまり好きじゃない。イベント事とかもなんかこう、上手に乗り切れない。乗りたいわけでも反抗的にいたいわけでもないのだけれども。

 

最近まで気づかなかったけれど、わたしは自分の機嫌に対してかなり頑固だ。他はわりとどうでもよかったりするけれど、自分の機嫌を絶対に自分でコントロールしたい、他人に干渉されたくない。ご機嫌とりはとてもくだらないことだけど、さらに他人にご機嫌をとられることほどくだらないことは世の中にはない。他人の感情をうわべだけで無理やり変えようとする人、変えられると思っている人が世の中には少なからずいるのね。そういう人は嫌い。話が通じないもの。話をしていても無駄なことだ。

 

ただ、それに気づかないくらい今まで育ってきたなかで自分の感情を自由にさせてくれる人たちに恵まれてきたんだなと思ってかなり嬉しくなった。幸せものです。

 

そういう性分なのでイベント事に乗じて他人に思いを伝えるとかそういうことができない。ただ楽しいことやパーティーはかなり大好き、イベントとか言わず毎日やれ、と思う。

 

だから、きっと、やりたいことはすぐやって、思ったことはその時にすぐ伝えたらいいのだ。なかなかできない。来年はとか言わず今この時からがんばりたい。毎日がパーティーで毎日がバースデーで、毎日がわたしのための日で毎日が大好きな人たちのための日だといい。毎日がふつうのかなりいい日になることをわたしは祈りたい。こうしてる間にも朝はまだ暗くなる、でも夕方は長くなる、寒さはますけど巡る。がんばりましょう。

ごあいさつ

楽しいことはあるけど不確かで信用できないし、わたしが好きな人たちはわたしがいなくても笑って生きていけるし、自分がつくり出せる夢とか幸せとかは本当に少ないことを思うと、なんでわたしはにこにこしてんのか分からないと思ってしまってめちゃくちゃ泣いてしまうわ、どうやって生きていたか思い出せないんだけどそういえばずっとずっと同じ気持ちだった気もするよ。難しくないのにいつも難しくしてしまって、臆病でたまらないのでごちゃごちゃの部屋から一歩も出られないのだ、たいへん困る。傷つかないようにとか、あまり幸せになりたくないとか思いながら、なるべく気持ちを平たく平たく伸ばして生きてきたせいで意味が分からなくなってしまった。かなしさを忘れることとか苦しかった頃の自分と握ってた手を離すことが申し訳なくて罪悪感でいっぱいになってしまって耐えられない。とんだメンヘラだ。

ピアノだけは好きになってこれからを生きたいので、意地でもやらなくちゃ。ピアノが嫌いだ!と思ってしまってそれが本当に本当に悲しくて、我慢できなくて泣きながら歩いて帰った冬が報われる方法がこれしかない。このままじゃあ、いちからまたピアノを好きになればいいよって小さくてかわいいピアノを買ってくれたあの人に合わせる顔もない。その時は全然、全然そうじゃないよ、馬鹿にしてるでしょうって思ったんだけど、本当に笑えてきてしまっていつのまにかお守りになってしまっているよ、こんな大きなお守りなんかあったらたまんないよ。

今年の秋はよく晴れていた秋だった、なんだかずっと晴れてたと思う。だんだん雨の日が増えてきてもうそろそろ今年も冬が来てしまう。冬も好きだなあ。願いと祈りは続いてくのだ、たぶん。

ちぐはぐな部品

スピッツは、暗い部屋の中から見る夏の日なたとか、埃が舞ってる窓とか、早く起きすぎた朝の畳の匂いって感じ、いつでもそこにいるんだけどすごくよそよそしいんだよな、ということを考えていた。わたしの生活にだけすっかりすっぽり染み込んでしまっているので感情が介さない。スピッツはわたしにとって世界にただひとつ、いつでも側にあるひんやりしたものだ。

 

 

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こんなに天気のいい日だけど家でひとりゆっくりだらだらレコード回したり本をめくったり花を飾ったりしている。4年間で集めたCDやなんやかんやを整理してたら結構まあまあな量にはなっていて、これ来年の引っ越しめんどくさいな〜なんて思っている。

それにしてもとっても贅沢な日曜日だ。でもこれ、わたし晴れた日しかこういうことできなくて、洗濯とかも、だから雨が続くと上手に生活ができなくなってしまう。

 

 

できればからりと晴れたあたたかい秋が永遠に続いてほしいものです。そんで鈍行で田んぼとか眺めたり。

涙も汗も吹き飛ぶ

おじいちゃんのお見舞いのため秋田に帰った、おじいちゃん、少しよいでなさそうな感じだったけど、看護師の悪口を言ってた、安心だね。関係ないかもしれないけど目のふちが青くてちょっと綺麗だった、どうかどうか1日でも長くわたしたちといてちょうだいね。どうかどうか。

 

変な意地を張っているため、完全に気持ちがダメな時に実家に帰ることに抵抗があった、そこを拠り所にしたくない。わたしの帰るところはわたしが決めたい。変な意地で、どうでもいいことだ。けれど、それでもこちらにまた戻ってくるときはまるで首根っこをつかまれてるような気持ちで、本当に後ろ向きのままで乗り物に乗ってきた。景色はびゅんびゅん飛んでいった、どうせならこのまま五千光年の夢でも見させておくれよね。

HOPE

昨日と今日、とっても気待ちのいい秋晴れの日だったので、ずっとずっと上を見ながら自転車をこいでいた。本当にずっとずっと上を見ていた。長い雨は夏を完全に連れ去ってしまったことがわかった。ついでに上を見ていてもだいたい自転車をこげて、家に帰れることもわかった。事故をおこしそうだったのでもうしない。

 

昨日はテレビーズを聴いて、スピッツを聴いて、カネコアヤノを聴いて、今日はシャムキャッツを聴いて、コモンビルを聴いて自転車をこいだ。あの日のこととか、違う日のこととか、去年とか、2年前とか、もっと前とかをたくさん思い出していた。晴れた秋はずっとずっと好きだ。毎日が晴れなら息がしやすいのになあ。

 

今月もまた1冊絵本を買った。これのおかげで毎月がたのしみになっている。小学校の頃は友達と上手く遊べなかったので家に帰ってひとり絵本ばっかり読んでいた。

友達、友達ってうわごとみたいにいつも言っていて馬鹿みたいだなあと我ながら思うけれど、本当にそうなんだよね。21歳になっても未だに、新しい友達ができた日の夜は頭から布団をかぶって泣いています、うれしいとかかなしいとかじゃなくて、もしかしたらそれもなのかな、わからないけど泣いてしまうな。いつもありがとう、思っているよりずっとずっとわたしはあなたたちのことが大好きで会いたくてたまらないです。

誰とすぐに会っても話ができるように準備運動しとかなくちゃ、だから好きな服を着て明日も家を出るよ。