日曜日

バイトがはやく終わったので「ゴッホ 最期の手紙」という映画を観て帰った。

すごく良かった。

 

一時期、去年の夏から秋くらいにかけて、映画、テレビ、漫画、小説とかの、音楽以外のコンテンツすべてが吐きそうになってしんどかったのだけど(観る時間無かったしたぶんストレス)、最近は抜け出して、映画をどんどん観たいし、本も新しいのをたくさん買ったり借りたり、相変わらずテレビは観ないけど(もう売ろうかな)、良い感じです。

 

 

話がそれた。フィンセント(ゴッホ)の死後まもなく、彼が彼の弟テオに向けて書いた最期の手紙が見つかり、フィンセントの友人だった郵便局長が息子アルマンにその手紙を託す、という話、ざっくり。

 

ゴッホの謎の死とそれをとりまく人たちをめぐるアルマンの旅、サスペンス要素があっておもしろかった。内容も良かった。最後にはなんだか感動してしまった。

 

内容も良かったのだけれど、驚いたのは映画96分すべてが油絵のアニメーションだったことだった。先に役者を使い撮影した映画を、すべて、100人を超える画家が約6万4千枚にわたる油絵にした映画、すごかった。あの油絵たちがぜんぶスクリーンでぬるぬると動き出す。ゴッホのことがもっと知りたくなりました。もう1回観に行こうかな。

 

 

最近はすごく寒いけれど晴れていてうれしい。歩いて帰った。まぶたにくすんだ黄色っぽい日差しを受けて猫みたいな気持ちになった。猫ごっこ中ならいくら歩いても全然疲れないし、ひとりでどんどん知らない道に突っ込んでいって楽しいな。迷って戻ったり。なにより晴れた冬の午後が好き、光がとってもやさしいので。

 

 

おすすめの映画があったら随時教えてください。長すぎないやつがいいです。

小寒

f:id:aurora40:20180106002058j:image

 

ウボンマね

 

この冬ちゃんと帰って良かった。しゃんとしなきゃと思った。

 

小学校跡地を歩いたらプールがなくなっていた。竹水鉄砲で遊んだ公民館もなくなっていた。学校帰りによく寄った店は駄菓子を置かなくなっていた。母実家の町へ行ったら白い灯台がなくなっていた。

 

思うことはあるけれど、なくなったんだし、仕方ない。どうしようもない。覚えておかなきゃいけないかしら。予想していたよりあんまりかなしくない。育ってきた町が少しずつ少しずつ死んでいくみたいだけれど、そういうことは仕方がない。仕方がなくしないとすごくかなしい。

 

夕方の港を1人で歩いてみた。寒かった。

わたしは明るかった町がもう思い出せなくなってしまっても港からなんにもなくなってしまってもこの海がずっと好きだよ。

世界ベランダ化計画

冬至から1週間くらい経った。気のせいではなく日が延びたなあと思う。また1年で1番好きな日にひとあしずつ近づいていくのだ。とても嬉しい。

 

大掃除というわけではないけれど少し要らなくなったものを整理した。ベランダが欲しいベランダが欲しいと常日頃から思っているくせに、外の小さなスペースにつながる窓をふさぐようにピアノを置いていたのは他ならないわたしだった。模様替えしよう。春になったらそこの小さなスペースに小さな椅子を置いて本を読もう。テーブルなんかも置いてしまおう。プランターも置こう。コスモスを育てよう。来年は最後の1年だしこの部屋ともたくさん思い出を作っておこう。

植物で思い出したけれど、少し前、大学の近くの坂の下の花屋で多肉植物を買った。多肉植物、と書かれたコーナーでいちばん小振りでかわいいぷにぷにしてそうな鉢植えを手に取ったのだけれど、店員にこれは何という植物か、と訊いたら「多肉植物です」と。いやそういうことじゃないだろう、と思ったけれど黙ってその多肉植物ちゃんを連れて帰った。あの花屋大丈夫かなあ。

 

今年の目標は、自分から他人を遠ざけないことでした。できたかな。わかんないな。たぶんできなかったな。遠ざけたというか、逃げたな、とにかくわたしはよく逃げる。

なんならこの町にも逃げてきた、よく分からんけれどこまごま面倒くさいものから。

 

他人と言葉を交わして、目線を合わせて、関係をつくるのは並大抵のことではないと知りました。まだまだがんばらねばなりません。

 

まず第一わたしは他人と言葉を交わす時に上手に目線が合わせられない。どんなやさしい人を前にしてもだいたいこわい。やさしいとか関係ない。会話のどのあたりから目線を合わせ始めてどのあたりで逸らしていいのか分からない。それとも見つめ続けながら話すものなのか。そもそも普通の人はそんなことを考えていないかもしれない。

 

目線を合わせられないと言えば、中学2年の頃だったか、わたしのあまりのコミュ障ぶりに、ほっとけばいいのに何故か勝手にしびれを切らしたクラスメイトのギャル見習い(あくまで見習いだった、だってダサかった)みたいな女子が、給食の時間「練習しよう」などとよく分からんことを言って、至近距離(食堂の隣の席なんか寒気がするレベルで近い)で目を合わせながら会話をすることを強要させられる、そんな苦行があったことを思い出した。ストレスで参ってその週は胃炎になった、笑えるほどダサい。

 

来年はいろいろまた勉強の1年か、それでもまあいいか。いや、よくはないか。落ち込むなあ。わりとそこまで言うほど落ち込んでもいないなあ。来年まで課題もちこし。がんばります。

特にオチのないオチの話

 最近よく自分が死んだときにお葬式で流してほしい音楽のプレイリストを作っている。

今はまだ死にたくないと思っているけれど、人生において常にドジが致命傷なのでいつ死ぬかわからない。ドジっ子と言うには可愛げがない程度には命に関わるミスが多い。

もしかしてこの年末年始でのどにモチを詰まらせて死ぬかもしれない。実際に小さい頃のどにコンニャクゼリーを詰まらせて廊下でごろごろ転がりながらあやうく死ぬところだったことがあるので、なくはない話である。

ただ、まあ、のどにモチを詰まらせてアホ死したのに葬式でフジファブリックの笑ってサヨナラなんかをかけられたときには聴いてる側は笑い飛ばすことも怒りをぶつけることも出来なくなってしまうので、アホ死用と普通死用のプレイリストを分けなければいけない。アホで死んだ時はちゃんと家族友人一同総ツッコミで怒ってもらわなければ困る。未練が残る。常にそわそわした顔のツッコミ待ち幽霊になってしまう。

クリスマス

 クリスマスイブ、志村正彦が死んで8年が経った。とはいえフジファブリックを聴き始めたのは高校3年の頃だったので、リアルタイムであの絶望を味わったわけではないけれど、あの時はやっぱり悲しくて家でひとりわんわん泣いた。早いものです。もう少しかなしいままでいいことにしました。ちょうど23日にコーラをもらった。ひとり暮らしなのに1.5リットルのコーラをもらった。志村正彦が好きだ。春休みになったらひとりで富士吉田に行くことにした。

 

 クリスマス、二日酔いの頭にサンタ帽を乗せられて地獄のように忙しいバイト、ようやく休憩をもらって携帯を開いたらふくろうずが解散していた。最悪だ。しかも解散します、じゃない。クリスマスイブをもって解散しました、という事後報告。絶望だ。なんかそのあとほとんど泣きながらバイトしてた。クリスマスなんか嫌いだ。最悪だ。偶然バイトの前にベイビーインブルーを聴いてた。なにが偶然だ。結局わたしはふくろうずのライブに行けなかった。近くに来ないからという理由で行かなかった。ふくろうずが好きだった。悔しいなあ。