現は見つつ 夢から覚めず

 あっという間に年が明けた。去年は11月頃から全部がちょっとしんどくて時間がびゅんびゅん過ぎた。みずがめ座のみなさん、占い見た?毎晩パーティーを開けと。というのは極論だけれど、夜に心の力がみなぎるそうで、心の力みなぎる夜の過ごし方を少し見直してみようかなと思った今年です。

 

 

 

 ところで、飼う予定は今のところ特にないけれど、いつか飼うときのために犬の名前をあたためている。あたためられた名前になるか、犬の顔を見て全くちがう名前になるか、イマジナリー犬として友達になるか……。海辺に住むんだ。今はそのことを考えているときが1番穏やか。

 

 数年前わたしが物事をはかるとき、生活をするとき、いつも使っていた「祈り」というものさしに久しぶりにふれたような気がする。明確にこれは祈りかもと思った。

 

 祈りなんていうのは馬鹿馬鹿しくてくだらなくて最低だと思ったのはいつだったか、なんでだったか、忘れたけれど、だいたい思いあたる節はある、そういう節がわたしにはある。ものさしをパワーアップさせすぎて自分では扱いきれない物になってたんだよね。すぐ難しく考えるからね。趣味か。

 でもたしかに一人暮らしのわたしを支えて、はかって、時々顔を上げさせてくれたのはそういうものたちだった。それを否定したいわけではない。祈りだ〜とかわざわざ思うのではなくて、今日会った人明日会う人もう会わない人のこと、あとはこれから会うかもしれないものや人のこと、好きなものことを思うとき、なんだか頑張ろう、と思うとき、ちゃんと祈りだよね。

 

 そんで、今のわたしには叶うか分からない犬との生活がなんだか眩しくて愛おしい祈りなのだ。そういう訳でわたしは明日の自分のためにも祈るよ。冬休みが終わる!かなし〜い!

 おやすみなさい。