春の惑星

信念を持つことは素晴らしいけれど、よほどの賢者や芯のある者じゃない限り、信念は他人を攻撃しがちだ。ともすると、思いやりややさしさだって信念のようになって常に何か誰かに押しつけるようになった時、発信しようと思った時、それは時に攻撃をしてしまうと思う。たとえば動物のキャラクターを使って思いやりや励ましをウリにしたSNSアカウントがやさしさの暴徒化を起こしているのをよく見る、あれはもはや総攻撃だ。見ていてつらい、と受け取る人も少なからずいる。と、でもまあ、単に好みの話だ。わたしは好きじゃないというだけ。あくまでたとえばの話だ。

 

わたしのように芯のない人間は、信念なんか持つべきじゃない。すぐに攻撃をしてしまいそうになる。やさしくありたい。わたしの周りの人にやさしくありたい、とりあえず。すごく難しいことだと思った。

 

すぐに他人を二極に分けたがる。こちら側の人間、あちら側の人間。良くない。本当は良くないって勿論誰もが分かっているんだけれど。あちら側の人間は何をしていても鼻に付く、むかつく、間違いのように思える。こちら側の人間がやっていることはすべて肯定してしまう、なんなら乗っかってしまう、そしたらそこにわたしの脳は無い。良くない。

言葉にすればそれはそうなんだけど、実際のところわたしは差別的で保守的で、やさしくない。そしてつまんない。なんとかしたい。

 

忘れないように書いておこうかな、と思ってここに書いている。一定数他人にも見られているし。他に表現方法も知らないし。やさしくありたい。

21歳になった、まだまだ子どもでいたい。また冬がぶり返してきた。春は遠いなあ。