最近のこと

最近は、"嬉しい事も悲しい事むかつく事も、全て並列の感情として楽しんで欲しい"、という一文をなんども思い出している。そしてそれはなんて自分勝手なことだと考えながら、今日もぼろぼろ泣くほど悲しいし、虚しいし悔しいし、それでも好きな人と話すことができれば嬉しいなあと思う。おそらくそれっぽく言えば、「仕方が無い」のだ。仕方が無い。

 

 

 

今までで初めて、口に出すのがこんなにもはばかられることがあるんだなと思った、

日曜日に自宅で倒れた大好きな灯台の町のおじいちゃんの、体調が急変して秋田に急いで帰った、のが月曜日。人にそれを説明しなきゃなんない時に、言葉にしたり、それをすると本当になるような、言霊ということを考えたりしてすごくすごく嫌だった。

でも、大丈夫だと思って帰った、大丈夫だから帰る、ただおじいちゃんに会いたくなったから会いに帰るだけ、と思うけど、新幹線の待合室でいくら唇を噛んでもどんどん涙が出たし、音楽も聴けないくらい2時間半不安で、いろいろなことを考えることすら不謹慎だと思った。わかんなかった。

 

おじいちゃんは24時間、集中治療室で人工透析を受けていた、話しかけると苦しそうだけどたまに答えてくれた。何を言ってるのかあんまりわからなかった。

おじいちゃんは、わたしやお姉ちゃんが帰ろうとすると、すごい力で起き上がろうとして、看護師が止めても起き上がろうとして、わたしはなんだか直視できなくて今まででいちばん泣きたくなってトイレに逃げ込んだ。泣いたらだめだと思った。

後から聞いたら、孫にお小遣いをあげなきゃいけないって、人工透析してるんだから起き上がっちゃいけないのに、ここにおじいちゃんのお財布なんか無いのに、お小遣いあげなきゃいけないってあそこまで、すごい力で起き上がろうとしてたみたいで、ほんとに馬鹿だおじいちゃん、通常運転じゃんか。期末試験終わったら、すっ飛んで帰るからそしたらいつもの「がんばり玉」ちょうだいって言うよ。元気になってよ。

 

5月ぶりに実家に帰った。横手のお姉ちゃんも仙台のお姉ちゃんも帰ってきて一晩だけ家族みんな揃った。実家のほうの祖父母は元気そうだった。わたしはなんだかいつもよりもふざけて明るく振舞ってしまって、わざとじゃないけど始終冗談ばっかり言ってふざけていた。自分で自分のことがめちゃめちゃに嫌になって疲れた。しんどい。

 

毎年夏になると体調崩しているのも知っていたし、食が細くなっているのもわたしが離れて暮らすようになった頃、2年前くらいから目に見えて弱ってきているのも知っていたけれど、こうして目の当たりにするとすごくしんどいなあと思った。会えなくなりたくない。

こんなんなら盛岡になんか居たくない、おじいちゃんが元気になるまでずっとずっと秋田にいる。今すぐこのアパートも全部捨てて出て行きたい。ひとりでここにいてもぼろぼろになるし、不安だし、どうしようばっかり考えている、どうしたらいいかなあ。どうしようもないなあ。しんどいなあ。

 

 

こんな事を書いても仕方がないな。

 

 

 

馬鹿みたいに暑いし、外にはもう出たくない。

最近は、なんだかまわりの人が全員嫌いになりそう、夏だからか。関係ないか。もとからか。

思いやりが足りないと思うよ。友達も恋人も、家族さえ皆自分とは違う人間で、他人だろ、何かを相手に対して思うことは結構、むしろ健全だけど、それを押しつけるのは違うし、人の前に立つ人間なら尚更、それを人がどう捉えるか考えながら言うべきだろ、と思うのです。抽象的です。

つまり具体的に言うと、この世の中!!!!!!!!!!!!って感じです。

こりゃぜんぶぜんぶぶっ壊したくもなるわ、もうだめだ。見たこともないくらい醜くて汚い怪獣になってやる。どんな感情も楽しめるか、そこまで俯瞰的にはまだなれないなあ。ぐちゃぐちゃな感情も、でもしっかり自分のものだとは思うけれど、頭の中ばっかり屁理屈ばっかりで、もう少しなんとかならなかったのかこの性格。大好きな夏、もう終わってくれ。